「生活と映画」はURBAN RESEARCHのメディアサイトでかつて僕が連載していた映画コラムです。サイト終了にともない許可をいただいてバックナンバーを自分のサイトに移行しました。今回は2023年に観た映画の中で年間ベスト5位から1位までを発表します。前編はこちら。
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第5位「⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎」
https://filmarks.com/movies/95901
あらすじ
昭和31年―日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族によって支配されていた哭倉村。血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。それは恐ろしい怪奇の連鎖の本当の始まりだった。
鬼太郎の父たちの出会いと運命、圧倒的絶望の中で二人が見たものは―。
公開翌日にたまたま時間ができて何気なく観た、というハードル0の鑑賞スタイルもあって個人的にはアニメでは今年一の大当たり。水木しげるの想いがしっかり入っていながら横溝正史リスペクトあり、水木門下の京極夏彦テイストもあり、そして何よりバディ要素、特にネット的二次創作を許容する(狙った)特定の層への目配せもあり、「これは絶対当たるよな~」と思ったのを覚えてる。一昨年「SLAM DUNK」観たときと同じ感覚でロングランを予感したし、実際その通りになった。
原作や関連作を読み返したくなる仕掛けが随所に仕掛けられているせいか、僕も思わずアニメ版の「墓場鬼太郎」を再鑑賞。そして何気なく受け取って無造作に机に放り出していた特典のイラストにとんでもない値段がついてることを知り、丁寧に袋に入れ直して「総員玉砕せよ!」の文庫本に挟んでおきました。
第4位「ザ・ホエール」
https://filmarks.com/movies/101439
あらすじ
ボーイフレンドのアランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり健康を害してしまった40代の男チャーリー。自分の死期がまもなくだと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリーに再び会おうと決意。彼女との絆を取り戻そうと試みるが、エリーは学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた‥‥。
映画を鑑賞する環境において映画館と自宅のテレビやパソコン、タブレットではまったく異なる体験になることは当然だけど、飛行機の機内サービスで観る作品もまた一味違う、と個人的に思う。長いフライトで時間の感覚が鈍っている状態に加え、普段もうあまり飲まなくなってしまったお酒が入り、そこに気圧の関係もあるのか感情もやや不安定になりがちだ。
「ザ・ホエール」は登場人物の繊細な演技が素晴らしく、キャスティングした人のセンスが卓越してると思う。主人公のブレンダン・フレイザーに限らずすべてのキャストが役にぴったりハマっている。娘がでてきた瞬間には「あ、これは本当の娘だ」と思ってしまうマジックがあった。離婚して家を出たときの父親の年齢をとっくに超えてしまった自分だけど、今だにこういう作品に出会うと当時の父親の気持ちなどを想像してしまう。そして「おまえ、もっと俺に出来ること、教えられることあっただろう」と頭の中のすっかり年下になってしまった父親に苛立つ。気持ちが揺さぶられてること自体が悔しくもある。
ということでロンドンに向かう機内でみた本作、終盤で引くほど泣いてしまったのでした。隣の席が知らない人でよかった。
第3位「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
https://filmarks.com/movies/81605
あらすじ
地元の有力者である叔父のウィリアム・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼ってオクラホマへと移り住んだアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)。アーネストはそこで暮らす先住民族・オセージ族の女性、モリー・カイル(リリー・グラッドストーン)と恋に落ち夫婦となるが、2人の周囲で不可解な連続殺人事件が起き始める。町が混乱と暴力に包まれる中、ワシントン D.C.から派遣された捜査官が捜査に乗り出すが、この事件の裏には驚愕の真実が隠されていたーー。
人の生理を知り尽くしてるのか、あるいは個人的に僕との相性がいいのか、とにかくスコセッシの映画だけは3時間だろうが4時間だろうがいくらでも観れてしまう。間違いなく現存する映画人で一番好きな監督で、本作も「1本の長い映画を観ること」と、「ドラマを1シーズンぶっ通しで観ること」は根本から意味が違うということを実感させてくれる、本当に幸せな映画体験だった。監督の年齢的にどうしても映画の感想よりまず「あと何本こんな最高な映画を撮ってくれるだろう?」という気持ちが先行しますね。
愚かで従順、目の前のことしか考えられない人間が時に「いつの間にか巻き込まれてしまった」というような顔をして悪事を働く、そのプロセスが丁寧に描かれているのが良かった。そしてまさかその凡夫の役にディカプリオがこんなに合うなんて(企画段階では捜査官の役で、自ら変更を志願とかとか。正解すぎ!)。
アメリカの開拓史や先住民族、保安官と捜査官の違いなど、10代の頃ならほとんど意味がわからなかった時代背景や舞台設定について、これまで観てきた作品やその解説のおかげで物語を楽しめる程度には理解ができたわけで、あらためて先人の方々に感謝したいなと思った。
はやく配信で観なおしたい一本です。
第2位「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」
https://filmarks.com/movies/100622
あらすじ
破産寸前のコインランドリーを経営する中国系アメリカ人のエブリン。国税庁の監査官に厳しい追及を受ける彼女は、突然、気の弱い夫・ウェイモンドといくつもの並行世界(マルチバース)にトリップ!マルチバースに蔓延る悪と戦うべく立ち上がるがー。
各賞レースの結果とはまったく関係なく、自分のルーツや境遇的に響くところが多すぎて特別な一本になってしまった本作。岩井俊二「スワロウテイル」や韓国映画「ミナリ」など、異国でミックス言語を使うシーンが個人的に好きで、本作でも英語、中国語、広東語、そしてそれらの話者、特に親子による微妙なアクセントの違いやミックス具合の変化が自分の記憶と重なり、より強く場面場面に反応してしまった。
一見荒唐無稽に思えるマルチバース展開もMCUのフェーズ4に慣らされた身としてはすんなり受け入れられ、「ようするにif…の世界でしょ?」ぐらいに思って観れたのもよかったのかも。もしシンセに出会ってなかったら?パソコン好きの彼と違うクラスになってたら?ブートレコードをつくって売ろうなんて考えなかったら?その分岐した先で待ち受けていたかもしれない僕の人生こそが本作におけるマルチバースの本質だと思う。
そう考えると主人公エブリンのコインランドリーの経営者としての人生も、大物女優としての人生も、別バースからやってきたウェイモンドも、そしてそれを演じているキー・ホイ・クァンの長い長い俳優人生でさえ自分と繋がっているような気がして他人事とは思えなくなる。入れ子構造の映画の中に自分も入ってしまったような感覚が新鮮だった。
YouTubeで観たSAGアワードにおける作品関連スピーチがどれも素晴らしかったのでおすすめです。SAGは今年からNetflixで生配信になるらしいよ。
第1位「Winny」
https://filmarks.com/movies/84467
あらすじ
2002年、開発者・⾦⼦勇(東出昌⼤)は、簡単にファイルを共有できる⾰新的なソフト「Winny」を開発、「2ちゃんねる」に公開する。「Winny」は、本⼈同⼠が直接データのやりとりができるシステムで、瞬く間にシェアを伸ばしていく。しかし、その裏で⼤量の映画やゲーム、⾳楽などが違法アップロードされ、次第に社会問題へ発展していく。次々に違法コピーした者たちが逮捕されていく中、開発者の⾦⼦も著作権法違反幇助の容疑をかけられ、2004 年に逮捕されてしまう。本作は、開発者の未来と権利を守るために、権⼒やメディアと戦った男たちの真実を基にした物語である。
ということでRAM RIDERの私的映画ランキング、2023年の1位はぶっちぎり「Winny」。日本で実際に起きた事件、出来事を題材とし、登場人物やメディア、組織、社名などそのほぼすべてを実名とした上で、天才技術者と弁護士が警察権力と対峙した記録を描く超一級の社会派エンターテイメント作品。観た瞬間から今年の一位を確信し、年末まで覆ることはありませんでした。
まず主人公の東出昌大さんが本当に本当に素晴らしい。本作といい、「福田村事件」といい、東出さんの今の働き方やスタンス、仕事の選び方はめちゃめちゃいいなと思う。今一番好きな俳優さんです。役作りが完璧すぎて最初誰だかわからなかった弁護士役の三浦貴⼤さんもよかった。特筆すべきはリアルに再現されたセットの中でドラマ的な演出や誇張もほとんどなく淡々と進む裁判のシーン。結果を知っているはずなのに主人公たちと共に祈るような気持ちで劇中の判決を待ってしまった。
そして小道具やパソコン、特に画面内にうつりこむデザインやプログラム、文面など作品内に映り込むあらゆる情報が当時を深く知る人間にとってはあまりにも正確かつリアルに感じられ、鑑賞後も同行した友人とその話で持ち切りだったほど。今やスマホやアプリ、ブラウザ上だけがメインとなってしまったインターネットにおいて、あれこそが「ダークウェブ」だったのだなと感じずにはいられなかった。
とにかく見所は数え切れず、エンターテインメント作品としておすすめできる一作です。この20年で日本が遅れをとってしまった理由のひとつがこの映画の中に描かれています。ぜひ。
以上、「二足おそい!RAM RIDERの映画ランキング 2023」でした。
ほかに迷った作品として同じく東出さんご出演、そして水道橋博士の名演が光る(本当に嫌いになりそうになった!)「福田村事件」、北野武監督の時代劇娯楽作「首」、サスペンスとしての脚本の完成度が高かった「ある男」、ミッション:インポッシブルもありました、スーパーマリオもありました。ドキュメンタリ番組による答え合わせで作品が完成した「君たちはどう生きるか」も印象深いです。今年も選びきれないほどたくさんの面白い映画に出会えますように。